父親は遊び人だった。少なくとも遊び歩いている父親とは対照的に、身を粉にして働いて僕を育ててくれた母親と釣り合うような存在ではなかった。僕は父親とはそういうものだと思っていたので違和感はなかったが、友達が仲良さげな家族写真を持っている姿を見たりすると、やはりどこか自分の父親と言う存在に疑問を持つようになった。僕の手元には写真が一枚もない。父親は家族を愛していたのか疑念を抱き始めたのである。
今では両親ともに亡くしており弔う日々が続いている。亡くなった年も同じで、父親がガンで亡くなると母親も後を追うように旅立っていった。そして、こうして仏壇に手を合わせていると、僕が違和感を抱かなかった原因が少なからず分かった気がした。写真の中の母親が笑顔だったからだ。あんな父親だったが、母親は間違いなく彼を愛していたのだ。だからこそ、僕も父親を憎むまでには至らなかったと言える。
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それにしても、馴れ初めなどは全く聞いたことがなかったので、あんな父親のどこに母親が惚れたのかは全くわからない。母親が幸せだったらそれでいいのだが、僕も来年に妻が出産を控える身になると、夫婦円満の秘訣を知りたくなった。まあ、僕もあの父親の血を引いているのか家庭を顧みずに遊んでしまうこともあるからだ。
しかし、もう何も真相がわからない。そんな時、僕が遺品を整理していると大事に封されているアルバムがあった。開くと、それはマンコ図鑑だった。黄ばんで褐色になっている古い写真から、最近撮られたと思われる写真まで、ずらりとマンコが並んでいたのだ。まさにマンコ図鑑であり、それは50年に及ぶマンコの歴史だった。顔は映っていなかったがおそらく母親のものだろう。僕が生まれる前と後でマンコの形ががらりと変わっていた。
父親は母親のマンコを愛していたのだ。二人はセックスで永遠に結ばれていたのである。子供の写真は一枚も残していないが、年老いるまで母親のマンコを撮り続けた父親、そこにきっと愛があったのだと思う。
僕は父親のマンコ図鑑を天国に届けるように焼却した。僕が持っていても仕方がない代物だ。そして今度は僕が新しく妻のマンコ図鑑を作ろうと決心した。
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